タイトル「神谷女史は狂ってなどいない」

 

//背景 廃道(朝)

 

――風に揺れた森林と小鳥が一斉に共鳴する。

静けさの立ちこめた場には不気味に映えるが、そこにいた二名には無縁であった。

 

【渡鳥】

「神谷クン、足下には気をつけて」

 

隣合う女性を気遣う。

手を引いて歩く彼女は少し愉しげだが、ぼくにその感情は理解できない。

 

【神谷】

「ありがとうございます。ふふ、先生の手……死人みたいで気持ちいい」

 

かつては使用されていた、現在は封じられた道――廃道。

ライターである渡鳥は取材のため、廃道を経由し、そのさらに奥にある廃村を目指す。

 

【渡鳥】

「スーツだけど、歩きにくくないかい?」

 

【神谷】

「いいえ。羽織ってるジャケットは先生のです。毎日、肌身離さずいると、包まれてる気持ちになれます」

 

【渡鳥】

「それならぼくが着たレジャー用品をあげれば、ちゃんとした着てくれるんだね?」

 

【神谷】

「はいっ。先生をすり潰して、その脂で香水を作りたいくらい……ずっと包まれてたいです」

 

【渡鳥】

「粉々にされるのは勘弁願いたいね」

 

彼女は神谷栞。

かつてぼくが准教授を勤めていた大学の生徒で、現在は入れ替わりで准教授になった。

一般論で言えば、神谷女史は准教授になれる年齢ではない。

飛び級のエリートで、常識の部品が外れた一面すらも個性だとぼく個人は解釈している。

 

【神谷】

「先生。見えてきましたね、廃村」

 

荒廃な廃道を通り抜け、岸壁の下に廃村が一望できる。

傾斜に林を有する獣道は、正直言って進行を戸惑わせる。

 

【神谷】

「残念ながら、降りるのは難しそうです」

 

【渡鳥】

「そうだね。飛び降りたら……どうかな」

 

【神谷】

「お怪我してしまいますよ? でも、先生が骨折されたらずっと介護できますね」

 

【神谷】

「いつまで経っても同棲もお付き合いもしてくださらないから、強行手段に出てもいいですか?」

 

【渡鳥】

「まあまあ、そういうものは催促するものじゃないだろう?」

 

調査対象の廃村には入れそうにもない。

取材が目的ではあったが、侵入不可能なら日を改めて別の道を探すしかない。

 

【神谷】

「別の入り口はないのですか? そもそも、ここは舗装された廃道なのにどうして道が中途半端なのでしょう」

 

【渡鳥】

「廃道というのはこういうものなんだよ」

 

【渡鳥】

「計画が中断したものから、予算が下りなくなったなど、様々な問題があったんだろうね」

 

廃道の主は、トンネルが多い。

国道が開通されて不要になったトンネルは、森の中で時代に取り残されてる。

そこは男のロマンに溢れた妄想を沸かせる景色だ。

唯一、ぼくの趣味に理解を示してくれる神谷女史は、こんな光景も綺麗と言ってくれた。

 

【神谷】

「一応、ロープは持参してます」

 

【渡鳥】

「いいや、戻れなくなる可能性がある。引き返そう。付き合わせて悪かったね」

 

【神谷】

「いえ、先生とご一緒でしたらデートと称しても差し支えありません」

 

廃村調査とは、そこのかつての生活水準や、この村が捨てられる顛末を考察するのがマニア心を刺激する。

ぼくはライターとして、いずれは一冊の本にすべく、様々な土地の廃村を尋ねてきた。

すべて、そこには神谷女史を伴って。

 

【神谷】

「会社に直行ですか?」

 

【渡鳥】

「どうだろう……気分が落ちてるし、今日は帰るよ」

 

【神谷】

「ちゃんと帰宅してくださいね。他の女とメールをするのも、見るのも禁止ですよ?」

 

【神谷】

「先生が考えていいのは、廃村と私のことだけで十分です」

 

【渡鳥】

「廃村とキミか……。神谷クンの美しさが際立つね」

 

【神谷】

「やだ、先生ったら。もっと、束縛しちゃいますよ?」

 

清楚で優秀な神谷女史は、甘えるなんて野暮なことをしない。

ただ、盗聴やGPSで管理することだけは怠らない。

ぼくは、それを個性と捉えている。

 

//ブラックアウト

//背景 渡鳥宅・作業部屋(夜)

 

ライターには所属と業務委託がある。

業務委託は、言うなればフリー扱いであり、仕事の斡旋はすべて自分の手腕にかかる。

ぼくは作業こそはフリーであるが、まれに会社からの連絡があってこういう記事をとの依頼を受ける。

残念ながら、廃道や廃村の記事は書かせてもらえないが。

 

【三枝】

「先生。自分はお邪魔でしょうか?」

 

【渡鳥】

「そんなことはない。神谷クンにとっては邪魔かもしれないが、来客を無下にできないね」

 

一面に本棚を有する部屋のソファに座るのは、三枝叡弥。

神谷女史が准教授を担う大学の生徒。

研究対象は明かさないが、なにやらぼくを調べているらしい。

 

【三枝】

「どうして神谷さんとご結婚をしないのですか?」

 

【渡鳥】

「神谷クンはそれを求めてないからさ。彼女は……なんだろうね、異常性が楽しいんだろう」

 

【三枝】

「異常性、ですか」

 

【渡鳥】

「以前、自分に暴力を振ってきた女性の指を切断し、自分の指輪のサイズはコレと同型だと見せてきたことがある」

 

【渡鳥】

「もっとも、婚約指輪を受け取って女の幸せを感じる人じゃないからね。彼女には指輪のケースだけ送ったよ」

 

【三枝】

「……意味がわかりません」

 

わからなくて当然だ。

神谷女史の思考回路は、いわば個性的という概念からも外れた位置に存在する個性があるのだから。

 

【渡鳥】

「ぼくが心底神谷クンに恋い焦がれた時、指輪はケースから出ているんだよと。そう送っておいたよ」

 

【三枝】

「ああ、薬指にってことですか。中々にキザですね」

 

【三枝】

「でも、それだとケースに入ってないから好きなんですねって、あの人勘違いしそう」

 

キーボードを叩く音を響かせながら、デスク横の本棚に向ける。

小さく光沢を見せるレンズがこちらを向き、仕事する様を捉えていた。

 

【渡鳥】

「没個性を認めるのは罪だ。ぼくは非凡な彼女を退屈しないし、彼女を退屈させることもないね」

 

【三枝】

「美人なのにもったいないですよ、神谷さん。合コンだってひっきりなしに声掛かるのに」

 

【渡鳥】

「そうなのかい? 神谷クンが取られたら三枝クンしかぼくにはいないことになるね」

 

【三枝】

「でも、結構面白そうですね。先生を奪ったら、神谷さんがどうなるのか、とか」

 

【渡鳥】

「命を賭けることを優れた研究とは言わないよ」

 

第三者の目を知るぼくと、知らない三枝。

いかなる場面においても同性の介入を許さない神谷女史の反応が待ち遠しい。

三枝に背を向けての執筆の最中、ぼくはレンズ越しの彼女と同様に女史のことを考えていた。

 

//ブラックアウト

//背景 渡鳥宅・作業部屋(朝)

 

――気付いたら、寝てしまっていたようだ。

 

【渡鳥】

「三枝クン……?」

 

床にはらりと落ちていくタオルケットは、肩に掛けられていた様子。

どうやら、彼女に気遣いをかけてしまったな。

 

//背景 渡鳥宅・リビング(朝)

 

【神谷】

「あら、先生。お疲れの様子でしたので、料理は私が用意しました」

 

当たり前のように女史がいた。

ちなみに、ぼくらは同棲していない。

三枝クンはきちんと鍵を掛けるハズだが。

 

【渡鳥】

「料理も上手だね。女史を妻に迎える男は幸せだろうな」

 

【神谷】

「それは皮肉ですか先生? それともアプローチ? ならば、指輪の用意はできたのですか?」

 

【渡鳥】

「残念ながらね。本当にぼくと結婚したいなら、夜這いでもして既成事実を作ればいいんだよ」

 

【神谷】

「危険日じゃなくて、申し訳ありません」

 

ダイニングテーブルの椅子も、いつの間にか二脚に増えた。

女史と食卓を囲い、いただきますの声。

 

【神谷】

「他の女連れ込んで、私じゃ不満ですか?」

 

笑顔の女史が、ぼくに問いかけた。

 

【渡鳥】

「きみは女性と会うのまでは反対しなかっただろう? 言葉の隙間をくぐったまでだよ」

 

【神谷】

「てっきり、私にはもう魅力を感じてないのと判断してしまいました」

 

【渡鳥】

「そんなことはないよ。きみにも三枝クンにも、彼女なりの魅力がある。人間観察は面白いからね」

 

【神谷】

「相変わらず、先生のお考えはわかりかねます」

 

――だからこそ、きみだって楽しいのだろう。

 

【神谷】

「先生が同棲してくれないので、私はいつも男性の愚行に悩まされてます」

 

【渡鳥】

「試しに付き合えばいい。男の本性はベッドに表れるのだから」

 

【神谷】

「他の男性の匂いがつくなんて、身を剥ぎたくなってしまいます」

 

女史ならやりかねないな。

現に、ぼくは酔って介抱しただけでついた女性の匂いのシャツを――女史に細切れにされた。

 

【神谷】

「……嫉妬に狂う先生も面白そうですね」

 

【渡鳥】

「むしろ一人になる分、三枝クンを助手にするかもしれないよ?」

 

【神谷】

「それはズルいです! あの子と先生では年齢もかけ離れすぎです!」

 

【渡鳥】

「きみもぼくより年下だろう?」

 

【神谷】

「もう、監禁しちゃいますよ?」

 

――神谷女史とのやりとりを、平均台に乗るのと同等の感覚だと考えてる。

没個性を嫌う女史は、思い通りになるような男を捨ててきた。

執着された時間が長いほど、飽きられればなにをされるかわかったものではない。

 

//ブラックアウト

//背景 大学・教室(昼)

//視点 三枝

 

――講義終了。

神谷が去ろうとすると、男子生徒らが群れを為す。

沸いてくる卑猥な目の男性を退ける作業は、指輪一つでどうにかなる。

先生のプレゼントでないのが惜しいが、先生のためにも神谷は綺麗でないとならない。

男性の嫉妬心に理解があるつもりで、以前の恋人で検証済みだ。

 

【神谷】

「……叡弥ちゃん。よかったら、ご一緒しませんか?」

 

呼ばれた最前列の三枝叡弥は、不意打ち気味の呼び出しに驚いた。

 

【三枝】

「じっ、自分、ですか……?」

 

【神谷】

「ええ、貴方も言いたいことがあるじゃないですか」

 

//背景 大学・中庭(昼)

 

神谷は、三枝を伴ってベンチに腰掛けた。

罪の意識からか、三枝の顔は少し青ざめた様子。

 

【神谷】

「貴方は、略奪した経験はありますか?」

 

【三枝】

「えっ、い、いえ……」

 

クールな一面からは珍しく、三枝は頬を赤らめた。

 

【神谷】

「私、非凡を求めて男性を味見してみたの。時には恋人や妻子アリも。一方的な愛情は自由を思ってるから」

 

【神谷】

「でも、みんなつまらない。私の軌道上に乗る人ばかりで……自我がない」

 

【神谷】

「セックスを自慢する人もいて、本当に没個性とは退屈でしかない。人生の優劣はそこで測れるのですか?」

 

【三枝】

「だから、先生を?」

 

【神谷】

「わかってるなら、邪魔……しないでね。私は先生を堕とすのが愉しくて堪らないの」

 

【神谷】

「せっかく欲求を高めるために一切甘えることはしなかったのに、貴方と一線を越えたら意味ありません」

 

三枝が口を開こうとする間際、神谷女史の手が華奢な太股に置かれる。

 

【神谷】

「悪さしたら、痛い目に遭わせちゃうよ?」

 

【三枝】

「!?」

 

【神谷】

「聞いたのでしょ? 指のこと。私……怒らせると、怖いかも」

 

【神谷】

「一度、ミステリーを演出してみたかったの。実験、しちゃいますよ?」

 

【神谷】

「例えば……数年前に死んだ人の子を、数日前に死んだ貴方が身籠もってる、とか……」

 

三枝の額に伝う汗。

女史はそれを見やると、控えめな舌で舐める。

 

【三枝】

「神谷さん……狂ってますよ貴方」

 

【神谷】

「そう思うのが没個性。先生は、こんな私を認めてくれるでしょう?」

 

【神谷】

「彼の世界には、私以外必要ありません。あの人の生も死も、すべて私のものだもの♪」

 

──その笑顔は、純真無垢そのものだった。

 

//ブラックアウト

//背景 喫茶店(昼)

//視点 渡鳥

 

――編集部の人との打ち合わせを終えた。

 

【渡鳥】

「ふぅ、ようやく廃村にも興味持ってもらえたか」

 

【渡鳥】

「取材に経費が下りるなんて最高じゃないか……ハハ」

 

廃墟は写真集や、テレビで特集したりと目白押しだが、廃村は縁がなかった。

パイオニアと呼ばれるのも悪くない。

趣味が講じて始めたライター生活の集大成を、見せる時がきた。

 

【渡鳥】

「一人で行くべきか」

 

女史はここ最近、研究と称してぼくの作業部屋や仕事に同行する。

本職を疎かにして、せっかくの地位を捨てられるのは申し訳なくて仕方ない。

 

//ブラックアウト

//背景 大学・教室(夕)

//視点 神谷

 

――神谷栞は神妙な面持ちで、デスクトップに目を傾けている。

静かな教室で長い脚を組む神谷は、教室を横切る男らの目を奪っている。

 

【神谷】

「先生ったら、いけませんよ、そんなこと」

 

ノートブックから響く音声。

神谷が愛してやまない男の声が、喜びに満ち溢れていた。

 

【神谷】

「釘は刺した。さて、すべては私の思惑通り運んでくれるかな」

 

【神谷】

「なに、持っていこうかしら。荒縄とか……先生の下着も、用意しないと」

 

大好きな廃村で色目でも使えば、渡鳥も発情すると思える。

ましてや自分に誘われ、自分を抱かなかった人間などいない。

 

【神谷】

「ねぇ、先生? そろそろ、勝負にも起承転結が必要だと思いませんか?」

 

//黒画面

//視点 渡鳥

 

………………

…………

……

 

【神谷】

「先生?」

 

//背景 渡鳥宅・作業部屋(夜)

 

重たい瞼を上げると、眼前に美顔があった。

 

【渡鳥】

「んぅ……神谷クン? 今日は来ないから、閉めきってたのに」

 

【神谷】

「お隣から、ベランダをつたって入ってきました」

 

【神谷】

「空き家にしましたので、今は私が借りているんですよ」

 

空き家にした、か……住民の追い出し方は後日尋ねよう。

 

【神谷】

「くっ、くすぐったいです。頭、動かさないでください」

 

……どうやら、ソファで膝枕をされてるようだ。

太股を撫でられたり、と凄艶な振る舞いが非凡な彼女を魅力にする。

 

【渡鳥】

「乙女の心でも、芽生えたのかい?」

 

【神谷】

「ふふ、先生は慰めてと言っても慰めてくれないのでたまに困りますね」

 

【渡鳥】

「……そういえば明日、また取材だが……」

 

【神谷】

「行きます。先生お一人では、なにがあるかわかりませんし」

 

【渡鳥】

「しかし、仕事は?」

 

【神谷】

「先生が助手にお給料をいただけるなら、退職しますよ」

 

【渡鳥】

「まだ若いんだ、せっかくの地位を無駄にしちゃまずい」

 

女史の手が、そっとボサボサの頭を撫でる。

月光を浴びた彼女の顔もまた、美しいと思い口にする。

女史は微笑みを作り、ぼくに自身の薬指を満遍なく触れさせる。

 

【神谷】

「知ってますか? 女性だけでなく、男性の精子も……老いとともに減少するんです」

 

【神谷】

「可愛いおたまじゃくしが死滅する前に、結果……出した方がいいですよ?」

 

結局、どんな答えがほしいのか互いにわかったものではない。

ミステリアスを愉しむからこそ、女史が本当に子宝を望んでるのかさえ、定かじゃない。

 

//ブラックアウト

//背景 街路樹(夜)

//視点 三枝

 

――あの人はまともじゃない、三枝は一人私意に耽る。

問題は神谷女史のことだ。

冷酷な一面が本性で、その表面に冷徹さが宿っていればそういう者だと解釈できた。

だが、残虐を口にする女史は微笑んでいた。

赤子をあやす母親のような優しさを向けて。

 

【三枝】

「……渡鳥先生は、たしか調査に行くと言っていた……」

 

渡鳥からのメッセージで、彼女は知った。

しかも、神谷女史とともに向かうと。

 

【三枝】

「あんな人に絡まれてたら、先生は殺されちゃう」

 

不幸なことに、渡鳥も一風変わった人間であることを証明できてる。

当時、准教授だった頃から人付き合いよりも、同志を募って研究をするような人物。

そんな人だからこそ、忠告さえも無下になる。

 

【三枝】

「自分の研究は、人類が本来持ち合わせる愛を確かめること……やるしか、ないか」

 

夜風が吹き荒ぶ中で、三枝はしっかりとした決意をした。

 

//ブラックアウト

//背景 廃道(朝)

//視点 渡鳥

 

――翌日。

早朝から近隣のパーキングに車で向かい、あとは徒歩で険しい道を歩む。

当初は不慣れで身体に毒だったが、今ではこれさえも至福への肥料となる。

もっとも、心配は女史の方だが。

 

【渡鳥】

「大丈夫かい? あまり無理はしないようにね」

 

【神谷】

「ふふ、ようやくどこにも邪魔者のない二人きりですから……無理はします」

 

女史は少しくたびれた顔を上げ、にっこりと微笑む。

 

【神谷】

「叡弥ちゃんとは、どちらでお知り合いに?」

 

【渡鳥】

「ああ、彼女はぼくときみの関係性を知りたいと教えてくれたよ」

 

酷道を抜け、険しい道のりを歩む。

さすがに女史のか細い脚が心配になるため、手を取って行く。

 

【神谷】

「見えてきましたよ……廃村です」

 

【渡鳥】

「おお、角度が違うとこうも見え方が違うのか……」

 

【神谷】

「先生ったら、無邪気な笑顔」

 

枯れ葉にまみれた傾斜を下り終えると、ようやく見えてきた。

 

//背景 廃村・入り口(朝)

 

井戸に、屋根の禿げた家屋。

放置された三輪車や、ツタの絡まった旧型の外国車などがズラリ。

まさに、過去の産物の宝庫だ。

 

【神谷】

「先生、よだれ」

 

【渡鳥】

「すまない……。それより、調査をしていこうじゃないか」

 

地面が見えないほど、枯れ葉で覆われた廃村。

珍しく神谷女史が腕を組んできて歩きづらいが、廃村を前にわがままは言えまい。

 

//背景 廃村・村中央(朝)

 

【神谷】

「人々の暮らしの跡が、しっかり残ってますね」

 

【神谷】

「前に教えてくださいましたね。残されたカレンダーや新聞から、その日にちを読み取るって」

 

【渡鳥】

「たまになんの痕跡もないものもあるけど、やはりこういうものはいいよね」

 

【神谷】

「先生……子供みたいで、可愛い」

 

【渡鳥】

「そういうきみこそ、いつもにない事象を引き起こしてないかい?」

 

【神谷】

「誘ってるんですよ? 先生の好きな場所で、狼になった先生に孕まされるなんて素敵じゃありませんか」

 

ぼくは苦笑のみを浮かべ、ひとまずは光景を写真に収める作業。

 

【神谷】

「こんな辺境で死んだら、捜索はちゃんと来るのでしょうか」

 

【渡鳥】

「……ぼくを殺したいのかい?」

 

【神谷】

「いえ、ただ――隠れてる迷子ちゃんは、躾ないと」

 

どごぉ!

 

【神谷】

「ふふ、どうしましたか……先生?」

 

一瞬のよそ見の末――頭に鈍い感覚が走った。

 

【渡鳥】

「な、にを……」

 

【神谷】

「先生? 恋は常々サドンデスゲームなんですよ?」

 

揺れる足下。膝から崩れていく身体を、優しく包む女体。

木々を後背に抱える顔は──口唇に三日月を生んでいた。

 

//ブラックアウト

//画面黒

 

………………

…………

……

鈍い感覚がずぅんと走る。

──神谷女史との出会いは、大学のキャンパスだ。

当時学生であった彼女は今と同じく華があり、様々な男女交際の噂がついて回っていた。

女史は当初、ぼくを興味本位で堕とそうと考えた。

こんなぼくだ。未知に振り回されるのは構わないが、女性を軸に踊るのは御免被りたい。

堕とせないぼくに興味が沸いたのだ、彼女は。

ロールプレイングゲームが人の興味を惹くのと一緒だ。

神谷女史は、迷宮に似たぼくとの恋愛の結末を愉しんでいるのだ。

 

//背景 廃屋・中(夕)

 

【神谷】

「ふふ、お目覚めで? そろそろこんばんはですよ」

 

【渡鳥】

「うぅぅ……もう、夕日が」

 

廃れた家屋の中、ぼくは両手を拘束されていた。

じつに雑な確保は両手以外の自由は奪わず、自分で直立するのさえ可能だ。

 

【神谷】

「それと新しい登場人物もご紹介しますよ」

 

指さされた隅っこに、三枝クンがいた。

ぼくと異なり――両手両足を縛られ、下着姿を晒している。

 

【神谷】

「彼女、先生からメッセージをもらって、ここまで来たそうですよ?」

 

【神谷】

「なんて、そのメッセージは私が貴方をおびき寄せるために繕ったものですけどね」

 

【神谷】

「可愛い下着しちゃって……先生を誘ってるの?」

 

【三枝】

「ちっ、違います……! じっ、自分、渡鳥先生と……神谷さんの関係を、調査しようと」

 

【神谷】

「調査する人が、こんなものを持ち歩いているの?」

 

女史が手にしているのは、避妊具だ。

 

【三枝】

「!」

 

【神谷】

「でも、いいよ、特別に貴方にだけ教えてあげる」

 

【神谷】

「この廃村、まだ使えるんじゃないかなと考察してるの、私」

 

【三枝】

「……なにを言ってるんですか」

 

【神谷】

「生活の痕跡、屋根のある民家に、外界から閉ざされた環境は……私と先生の、二人だけのゲームにぴったり」

 

生活できないことはない。

ただ、電気もなければ水も引いてない環境を、人の在処に戻すのは頭脳だけではどうにもならない。

 

【神谷】

「貴方は私の大切な先生を……奪う気だったのでしょう? この避妊具で」

 

【三枝】

「……そうすれば、神谷さんがどう反応を起こすか、研究したかっただけです」

 

【神谷】

「研究は行動よりも計算を尽くして、万全の状態で臨まないといけないって、習わなかった?」

 

女史はクスクス笑いながら、家屋の外へと消えていった。

その隙をついた三枝クンは、ぼくの方に顔を上げた。

 

【渡鳥】

「すまないね、ちょっと興奮しすぎてるかもしれないね」

 

【三枝】

「ちょっとって――こっ、殺されてしまうかもしれないんですよ!?」

 

【渡鳥】

「彼女は凶行に走っても蛮行には走ることはないよ。少なからず、ぼくは歴代の恋人より彼女を見てるんだからね」

 

信用とはまた違う。

その数式から一つの答えしか生み出せないように、彼女という人間から殺人は生み出せないのだ。

 

【三枝】

「そんなにわかってるなら……なんで、付き合ってあげないのですか!」

 

【渡鳥】

「結婚や告白に、自分の理想のシチュエーションがあるだろう? それと同じだよ」

 

【三枝】

「意味がわかりません……。こんな酷い仕打ちを受けてるのに、なんでそんな……」

 

【渡鳥】

「それはそうと、今時の大学生はそんなに色っぽいんだね」

 

【三枝】

「こっ、この状況でなに言ってるんですか!?」

 

【神谷】

「そうですよぉ、先生? 私以外の誰かに発情するおつもりですか?」

 

再度入室してきた神谷女史の手には、包丁が握られている。

 

【神谷】

「怯えさせちゃいましたか? ふふ、安心してください……これ、料理用です」

 

【神谷】

「知り合いの業者を呼んでリフォームをして、そうすれば先生と私……廃村に住めます」

 

【渡鳥】

「廃村はかつての名残を収めているから廃村なんだ、それはもう廃村じゃないよ神谷クン」

 

【神谷】

「廃村、奥が深いですね……。先生と同じで、私の理解を超えた位置に点在しちゃって」

 

女史は包丁、それからまな板を床に落とす。

足取りは三枝クンの方へと赴き、脚線美とその美しい外見が廃屋の中で異彩を放ってる。

 

【神谷】

「ねぇ、貴方はまな板で解体されるのと……先生と私のゲームに参加するの、どちらがいい?」

 

【三枝】

「解体……!?」

 

【神谷】

「ふふ、井戸があったでしょう?」

 

【三枝】

「ひっ!」

 

【神谷】

「でも残念。警察はすぐそこを疑うだろうから……細切れにして、動物の餌にしちゃうね」

 

女史は彼女を背後から抱きすくめると、愛でるように全身を愛撫する。

恐怖に支配された三枝クンと違い、女史は母性にまみれた慈愛の顔つきだ。

 

【神谷】

「貴方って……処女?」

 

【三枝】

「あぅっ、あっ、あぁぁ……」

 

【神谷】

「そんな怯えなくていいのに……ちゃんと選択すれば、殺さないよ?」

 

【神谷】

「私、大好きな彼に嫌われたくないもの。それに……先生以外の血の匂いになんて染まりたくない」

 

【三枝】

「せっ、先生……おかしいですよ、こんな……」

 

【渡鳥】

「没個性の思考が働くから、彼女をおかしいと思うんだよ」

 

【三枝】

「なに、言ってるんですか……はっ、ハハハ」

 

【神谷】

「先生は、いつも私を理解してくださるの。はぁぁ、もう……子宮が恋い焦がれて仕方ない」

 

女史は三枝クンの肉づきの悪い脚を開かせ、ぼくの方に向けさせる。

 

【神谷】

「貴方の役割は……この村をいっぱいにするくらい、先生の子を孕むこと……ね?」

 

【三枝】

「いっ、いや……そんなのっ、ダメ……」

 

【神谷】

「私にとって浮気なんてね、価値がないの。だから子作りって浮気とは思わない」

 

【神谷】

「それに私が妊娠したら、先生とのゲームがエンディングを迎えちゃう。だから、貴方は子作りね」

 

【三枝】

「先生ッ! 狂ってる! こんなのっ、おかしいに決まってるッ!」

 

【渡鳥】

「いいや、三枝クン」

 

【渡鳥】

「彼女は、一切狂ってなどいないよ」

 

ぼくの正論に、女史は一瞬だが目を丸くして、その後すぐにとろんと恍惚そうな笑みを見せる。

神谷女史が目の前にくると、彼女は初めて口唇を重ね合わせてきた。

 

【神谷】

「んん、先生……。もう、グチャグチャに汚したくなっちゃうくらい大好き……」

 

ぼくと女史にやりとりを間近に見た三枝クンは、その目に恐怖を宿した。

最初から彼女の愛を認めているのだから、なにも不可解な点はないハズなのに。

 

【三枝】

「イヤァァァァッ!! もう助けてよぉぉぉぉッ!」

 

【神谷】

「どうしたの? 貴方と先生は、もっと激しいことするのにね……。避妊の用意までして、したかったんでしょ?」

 

【神谷】

「ふふふ、アハハハハハハハ!!」